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幸せのヒント

ジャッジを緩める

先日のブログ「許す」の中で、許すためにはジャッジを緩めていく必要がある、と書きました。

今回は、「ジャッジを緩める」ことについて話したいと思います。

ジャッジを緩める、というのは、自分自身が知らないことを勝手に意味づけすることをやめる、ということです。

ニュース等を見て、普段からこういうことを言っていませんか?

「あの政治家は国民のことを考えていない悪い政治家だ」

あなたは、政治家の心の中を見たのですか?悪いとは何をもって悪い、というのですか?悪いことをした場面を実際に見たのですか?

こう質問されたら、何も言えなくなりませんか?

もしかしたら「友達が実際に見たから」「新聞に書いていたから」と言うかもしれませんね。

しかし、友達もはっきりと見たのか、ちらっと見たのか、見間違いかもしれないし、勘違いかもしれないし、不明瞭な部分はその方のイメージで補っているかもしれません。自分が直接見たわけではないから、確信度がどれくらいなのかわかりませんよね。

新聞に関しても同じです。取材ミスかもしれないし、プロパガンダかもしれませんよ。

身近なところでも、

ボロボロな服を着ている人を見たら「お金がないに違いない」

美人な人を見たら「今までラッキーな人生を歩んできたに違いない」

学歴が高いと聞いたら「高収入に違いない」

と実際に知りもしないのにジャッジしていませんか?

一方的なジャッジはとても危険です。

なぜジャッジを緩めた方がいいかという話をしていきます。

自分の思考は時間差で現実化します。引き寄せの法則と言われるものです。

「あの政治家は悪い」と思い込んだら、その政治家がいる限り、あなたにとって悪政が続くように見えて将来に安心感を持つことができないかもしれません。

「ボロボロな服を着ていたらお金がない人」という見方をしていたら、自分がボロボロな服を着たら金運が下がるような現象が急に起こりだすかもしれません。

「美人な人はラッキーな人生を歩める」というジャッジは反対に言うと、「見た目が良くなかったらアンラッキーな人生」と言っていることと同じ。

そのようなジャッジをしていたら、自分の容姿を気に入らない限り、なぜかアンラッキーなことが続きます。

「学歴が高いから高収入」という自分のジャッジを自身の子供に言い続けたらどうなるでしょうか?その子供には「高収入を得るためには勉強ができなくてはいけない」という信念ができあがります。

その子供が勉強が出来る子であればいいのですが、勉強があまり得意でない場合、先ほどの信念によりどのような未来が作られるでしょうか?

何事もできるだけジャッジはない方がいい。

アンソニーロビンズのUPWというセミナーで、アンソニーロビンズが話されていた逸話です。

電車の中で子供達が暴れているにもかかわらず、父親が全く子供達に注意をしないので、明らかに周りから反感を買い注目を浴びていました。

乗客の一人が、子供達に注意するように、父親に話しかけると

「子供達がうるさかったですね。すみません。先ほど、あの子供達の母親が亡くなったところで、どのようにあの子達に母の死を伝えようか考えていたら、子供達がうるさかったことに気づきませんでした。」と、すまなさそうに答えました。

周りの乗客たちは、その言葉を聞いた途端にその男性の印象が180度変わりました。

少し前まで、モラルのない非常識な父親に見えていたのに、今は自分の悲しみよりも子供達の気持ちを優先する愛情深い父親と変わり、「私に何かできることはありますか?」とその父親に周りの乗客たちは声をかけ始めたのです。

この例のように、自分の思いこみだけで世界は創られているのです。

物事にはいいこともあれば、悪いこともある。悪にフォーカスをしなかったらいい、ということでもない。善にフォーカスしすぎたら、自然と悪も出てくる。

一番いいのは、ちょうど真ん中。それがジャッジを緩めるということ。善も悪もジャッジを緩める。

では、どうしたらいいのでしょうか?

ジャッジを緩めるのは筋トレみたいにコツコツとした積み重ねが必要です。

心がザワザワした出来事があるとします。

例えば運転中に、無理な車線変更で前に入ってくる車があった場合、どう思いますか?

「危ないな、割り込んでくるなよ」と舌打ちとかしたくなるかもしれませんね。

でも、その後に付け加えてください。

「でも、急ぐ理由があるのかもしれない」

最初は心を伴っていない言葉かもしれませんが、それでもいいのです。

続けてください。自分の脳をだまし続けてください。そうすれば、必ずあなたにとっての誠となります。

私も、以前はそのような車を見るたびに、負けず嫌い根性にスイッチが入り横入させまいと対抗していましたが、今は喜んで譲れるようになりました。

スピード出して車線変更ばかりする車を見るたびに「トイレに行きたいのかもしれない。急げー!頑張れー!」と応援するようになりました。

このように、真反対の意見を付け加えると、自然にジャッジが緩んできます。怒りも怒りでなくなってきます。

日常的に続けていると、ネガティブな感情が大幅に減りました。

ジャッジが緩んだ状態というのは、「どういう状況でも振り回されない自分」という信念が作られます。

この信念が創る未来は、周りの環境、人、事柄がどのように変化をしても影響を受けることなく、自分の幸せだけがある世界です。

石田由起子